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長崎地方裁判所 昭和29年(ワ)220号 判決 1957年2月16日

原告 坂田茂助 外三名

被告 村田定男

主文

一、原告等の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告等の連帯負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、

被告等は、連帯して、原告等に対し、金五十万円及び之に対する本件訴状送達の翌日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払はなければならない、訴訟費用は、被告等の負担とする旨の判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、

第一、主たる請求原因として、

一、原告等は、(共同の買主として)、昭和二十八年八月七日、被告等から、(共同の売主として)、佐賀県藤津郡多良町大字多良子柳谷所在の山林約四町歩内にある檜、杉、松、楠等の立木を、それが、被告等の所有(共同所有)に属するものと信じて、代金二百五十五万円で、買受ける旨の契約を締結しその代金の内入金として、被告等に対し、同日、金三十万円同年九月一日金三十五万円、合計金六十五万円を支払つた。

二、然るところ、その後に至り、右立木は、被告等の所有ではなく、訴外峰松増一の所有に属し、被告等には、何等の権利もないことが判明した。

三、右事実に依つて之を観ると、被告等は、共謀して、右事実を秘し、恰も、それが、被告等の所有(共同所有)に属するものであるが如くに装つて、原告等を欺罔し、原告等と、前記売買契約を締結し、その代金の内入名義で、原告等から、前記金六十五万円を騙取したものであることが明かである。

四、而して、原告等は、之によつて後記の損害を蒙つて居るから被告等の右行為は、共同不法行為を構成する。従つて被告等は連帯して、原告等に対し、右損害を賠償する義務がある。

五、右損害の額は、合計金七十万円であるが、その現存額は、金五十万円である。その内訳は、次の通りである。

(イ)  金四十五万円。

騙取された金六十五万円の内、返還された金二十万円を差引いた残額。

(金六十五万円を騙取されたことによつて蒙つた損害は、騙取された額と同額となるが、昭和二十八年九月中旬頃、被告等は金二十万円を返還したので、現存損害額は、右残額となる。)

(ロ)  金五万円。

訴外坂井末太郎及び同福島悟に支払つた(昭和二十八年八月七日支払)仲介料。

(右両名は、前記売買契約締結の際の仲介人。之に支払つた仲介料は、原告等にとつては、無益の支出であるから当然、同額の損害があつたことになる。)

計金五十万円

六、仍て、被告等に対し、右金五十万円及び之に対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による損害金の、被告等連帯しての支払を求める。

と述べ、

第二、予備的請求原因として、

一、仮に、被告等の前記行為が、不法行為を構成しないとするならば、以下の通り主張する。

二、前記売買契約締結に関する原告等の意思表示は、詐欺による意思表示であるから、取消し得べきものである。何となれば右意思表示は、原告等が、被告等に欺罔せられて、之を為したものであるからである。仍て、原告等は、被告等に対し、昭和二十八年九月中旬頃、その取消の意思表示を為したのであるが、仮に、それが、被告等に到達して居ないとすれば、本件訴状を以て、その取消の意思表示を為したのであるから右何れかによつて、前記意思表示は、取消され、前記売買契約は、無効に帰して居る。従つて、被告等は、現に、前記金四十五万円を、共同して、不当に利得して居ることになるから、連帯して、之を原告等に返還する義務がある。

三、而して、原告等は、前記の通り、(第一の五の(ロ))、仲介料金五万円の支払を為したのであるが、これは、被告等の前記共謀による欺罔行為によつて、その支払を余儀なくされたものであるところ、原告等の前記意思表示の取消によつて、前記売買契約が無効に帰した結果、無益の支出となつたのであるから、原告等は、之によつて、同額の損害を蒙つたことになる。従つて、被告等の右行為は、この点に関する限り、共同不法行為となるから、被告等は、連帯して、右損害を賠償する義務がある。

四、以上の次第であるから、被告等は、連帯して、原告等に対し合計金五十万円及び之に対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による損害金を支払ふ義務がある。

五、仍て、仮に、主たる請求原因が、理由がないとすれば、右理由によつて、本訴の請求を為す。

と述べ、

被告村田の為した答弁の一部撤回に対して異議を述べ、

従前同被告が自白した部分は、之を利益に援用すると附陳し、

被告村田の主張に対し、

原告等が、前記立木が、前記訴外人の所有に属するものであることを知つて、之を買受けた事実、被告村田主張の頃に、その主張の様な示談契約が成立した事実、及び右売買契約が、原告等と被告城との間に於て成立したものであつて、被告村田は、その当事者でなかつたと言ふ事実は、孰れも之を否認する。

と答へ、

被告城の主張に対し、

被告城が、その答弁第一の二項及び三項に於て主張の事実は、共に、之を否認する。

と答へ、

更に第二次の予備的請求原因として、

仮に、前記予備的請求原因が、理由がなく、前記売買契約が、被告等主張の頃、原告等と被告等との間に於て、合意解除されたとするならば、被告等は、共同して、之によつて、不当に利得して居るのであるから、連帯して、之を原告等に返還する義務がある。その利得額は、合計金五十万円である。仍て、前記予備的請求原因が理由がないときは、右理由を以て、本訴の請求を為す。

と述べて、第二次の予備的請求原因を追加し、

立証として、

甲第一号証、第二乃至第五号証の各一、二を提出し、

証人峰松増一、古賀清次郎の各証言並に原告本人田川藤三郎(第一、二回)尋問の結果を援用し、乙第一号証の成立を認め、同第二号証は、それが答弁書であることのみを認めると述べた。

被告村田訴訟代理人は、

原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする旨の判決を求め、

第一、主たる請求原因に対する答弁として、当初は、

一、原告等主張の立木が、訴外峰松増一の所有であつたこと、被告等が、原告等に対し、原告等主張の日に、その主張の代金で右立木を売渡す旨の契約を締結し、その主張の各日に、夫々その主張の金員の支払を受けたこと(但し、この金員は孰れも、被告城に於て受領したものである)、その後被告等に於て、右契約の履行を為すことが出来なかつたこと、及び原告等主張の頃その主張の金員を原告等に返還したこと(但し、この金員は、被告城から之を返還したものである)は、孰れも、之を認めるが、その余の事実は、全部、之を否認する。

二、右売買契約を締結するに際し、被告等が共謀して、原告等主張の様な欺罔行為を為した事実はない。原告等は、前記立木が前記訴外人の所有であることを知つて、右売買契約を締結したものであつて、被告等が、原告等をその様に欺罔したものではない。

従つて、被告等には、何等の違法の所為もないのであるから被告等にその様な行為のあることを前提とする原告等の本訴請求は失当である。

三、仮に、被告等に違法の行為があつて、それが、不法行為を構成するものとしても、その後、昭和二十八年九月中旬頃に至り、原告等と被告等との間に於て、示談契約が成立し、被告城に於て、即日、金二十万円を、原告等に返還し、残額金四十五万円は、右被告に於て、その支払を為すことを引受け、同時に、原告等は被告村田に対し、同被告が原告等に対し負担して居る一切の債務を免除する旨を約したのであるから之によつて、被告村田の原告等に対する債務は、一切、消滅に帰して居る。従つて、被告村田に対する原告等の本訴請求は失当である。

と述べたのであるが、その後に至り、右答弁を訂正し、

一、原告等主張の売買契約が、原告等と被告等との間に於て成立したことは、之を否認する。右契約は、原告等と被告城との間に成立したものであつて、被告村田は、その当事者ではない。

二、被告村田が、被告城と共謀して、原告等主張の不法行為を為したことは、之を否認する。

三、仮に、被告村田が、被告城と共に売主となり、原告等主張の不法行為を為したとしても、前記の通り、示談契約が成立し被告村田の原告等に対する債務は、一切免除されて、既に、消滅に帰して居るのであるから、原告等の本訴請求は失当である。

と述べ、

従前の答弁中、右趣旨に反する部分は、之を撤回する。

と附陳し、

第二、予備的請求原因に対する答弁として、

一、原告等主張の事実は、全部、之を否認する。

二、仮に、前記売買契約締結に関する原告等の意思表示が、その主張の如きものであつて、その取消の意思表示が為されたとしても、その意思表示の為される以前に於て、原告等と被告等との間に、前記の通り(答弁第一の三)、示談契約が成立し、その際、右契約は、合意解除されて居るのであるから、右取消の意思表示は、法律上無意味なものであつて、何等の効力もない。

と述べ、

第三、第二次の予備的請求原因に対する答弁として、

原告等主張の不当利得の事実は、之を争ふ。

と述べ、

立証として、

乙第一、二号証を提出し、

証人峰松増一、杉崎二四郎、坂井末太郎、福島悟の各証言並に原告坂田茂助(第一回)、被告城末太郎、同村田定男の各本人尋問の結果を援用し、

甲号各証の成立を認め、

尚、甲第一号証には、売主として被告村田の署名押印があるが、それは、原告等及び被告城の懇請があつた為め、之を為したもので、形式的に、売主として、名を連ねたに過ぎないものである。従つて、右甲号証に売主とあつても、それは、被告村田が売主の一人であることを立証する資料とはなり得ないものであると附陳した。

被告城は、

原告等の請求を棄却する、訴訟費用は、原告等の負担とする旨の判決を求め、

第一、主たる請求原因に対する答弁として、

一、原告等主張の立木が、訴外峰松増一の所有であつたこと、被告城が、原告等と、その主張の日に、その主張の代金で、右立木を、原告等に売渡す旨の契約を締結し、その主張の各日に、夫々、その主張の金員を受領したこと、その後、被告城に於て、右契約の履行が出来なかつたこと、及び被告城が、原告等主張の日に、その主張の金員を、原告等に返還したことは、孰れも、之を認めるが、被告村田が共同の売主であつたこと、及び不法行為の点は共に、之を否認する。

二、右売買契約は、被告城に於て、単独で、原告等と締結したものであつて、被告村田は、右契約の当事者ではない。

又、右契約は、適法且有効に成立したものであつて、被告城及び被告村田に於て、原告等を欺罔した様な事実はなく、被告等は、原告等に対し、何等の違法の所為もして居ない。右立木は被告城が、その所有者であつた前記訴外人から、その代理人であつた訴外杉崎二四郎を通じて、之を買受ける旨の契約を為し、更に、之を原告等に転売する旨の契約を為したものであつて、被告城は、この間の事情を、原告等に説明し、原告等も亦、実情を調査し、一切の事情を了知の上、被告城と前記売買契約を締結するに至つたものであるから、その間には、何等の欺罔行為も、錯誤もなかつたのである。故に被告等に不法行為のあることを理由とする原告等の本訴請求は失当である。

三、仮に、被告等に、原告等主張の様な不法行為があつたとしても、その後、昭和二十八年九月中旬頃に至り、原告等と被告等との間に於て、被告城から、原告等に対し、即日、金二十万円を返還し、残額金四十五万円は、被告城に於て、之を原告等に支払う旨を約し、之を準消費貸借に改め、被告城に於て、単独の借主となり、借用証書をも差入れ、之によつて、一切を解決する旨の示談契約が成立し、原告等と被告等との間に於ける、本件立木の売買に関して生じた、一切の権利関係が解決に帰した次第である。従つて、この示談契約に基く請求ならば格別、その余の理由に基く請求に対しては、之に応ずべき義務はないから、原告等の本訴請求は失当である。

と述べ、

第二、予備的請求原因に対する答弁として、

原告等主張の事実は、全部、之を争ふ。

と述べ、

第三、第二次の予備的請求原告に対する答弁として、

原告等主張の不当利得の事実は、之を争ふ。

と述べ、

甲号各証の成立を認めた。

当裁判所は、

職権で、原告坂田茂助の本人尋問(第二回)を為した。

理由

一、原告等と被告両名との間に於て、原告等主張の日に、その主張の立木(以下本件立木と言ふ)について、売買契約が成立したことは、(被告等に、その売却の真意があり且之に基いて右売買契約が締結したことをも含む)成立に争のない甲第一号証、同第四号証の一及び証人坂井末太郎、同福島悟の各証言並に原告田川藤三郎(第一、二回を通じて)同坂田茂助(第一、二回を通じて)、被告村田定男、同城末太郎の各本人尋問の結果を綜合して、之を肯認することが出来る。

被告村田定男、及び同城末太郎の各供述中、右認定に反する部分は、措信することが出来ない。

尤も、被告等の内部関係に於て、被告村田が、売主の責任を負担しない約定であつたことは、被告村田定男、及び同城末太郎の各供述を綜合して、之を知り得るのであるが、原告等に対する関係に於ては、被告両名が、共に、売主たる責任を負ふ約定であつたことが、前顕各証拠を綜合することによつて、窺知されるので、原告等に対する関係に於ては、売主は、被告両名であつたと断ぜざるを得ないから、被告等の内部関係に於て、前記約定の存在したことは、前記認定を為す妨げとはならない。

被告村田は、当初、前記事実を自白して居たのであるが、その後之を撤回し、(同被告の答弁の一部撤回は、(弁論の全趣旨に照し、)この点に関する自白の撤回であると認める。答弁の一部撤回後に於て、従前の答弁に牴触する部分は、右自白に関する部分だけであるからである。)同被告は、前記売買契約に於て、売主たる地位になかつた旨主張するに至つたのであるが、(原告等は右自白の撤回に異議を申立て、且、撤回後に於ける同被告の右主張事実を否認して居る。)右自白は、前記認定の事実と一致し、何等真実に反する点はないのであるから、右自白の撤回は、無効である。

被告城は、前記売買契約に於ける売主は、同被告のみであつて、被告村田は、その契約当事者ではない旨主張し、被告村田定男、及び同城末太郎の各供述中には、この趣旨に副ふ部分があるのであるが、この部分は、外部関係即ち原告等に対する関係に於ては措信し得ないものであつて、唯、被告等の内部的関係に於て、売主たるの責任が、被告城一人に帰属すると言ふ事実のみを認め得るに過ぎないのであるから、右部分の供述があるだけでは、右事実を認めることは出来ない。

尚、被告村田は、甲第一号証について、同号証に、同被告が、売主として表示されているのは、原告等及び被告城の懇請によつて単に、形式的にその名を書き連ねたに過ぎないものであるから、それは、真実の関係を表示したものではなく、従つて、被告村田に対する関係に於ては、証拠価値のないものであると言ふ趣旨の主張を為し、被告村田定男、及び同城末太郎の各供述中には、その趣旨に副ふ供述部分があるのであるが、この部分は、措借し得ないものであつて、他に之を認めるに足りる証拠はないから、右証拠抗弁は、之を排斥する。

二、本件立木が、右売買契約成立の当時、訴外峰松増一の所有であつたことは、当事者間に争がなく、又、当時、被告等に、右所有権を取得し得る権利、若くは、之を他に売却して、直ちにその所有権を移転し得る権利のなかつたことは、証人峰松増一、同杉崎二四郎、同古賀清次郎の各証言原告坂田茂助の供述(第一回)及び成立に争のない甲第二、三号の各一を綜合して、之を認定することが出来る。

被告村田定男、同城末太郎の各供述中、右認定に反する部分は、措信し難く、他に、右認定を動かすに足りる証拠はない。

然るに拘らず、被告等が、その権利を有する様に振舞ひ、原告等も之を信じ、前記売買契約を締結するに至つたことが、証人坂井末太郎、同福島悟の各証言原告田川藤三郎(第一、二回を通じて)同坂田茂助(第一、二回を通じて)の各供述、及び前顕甲第四号証の一、同第一号証を綜合して、認められる。

被告村田定男、同城末太郎の各供述中、右認定に反する部分は、措信し難く、他に、右認定を動かすに足りる証拠はない。

三、右事実によると、被告等に、少くとも、客観的行為としての欺罔行為があつたことは、之を認めざるを得ない。

しかしながら、右行為を為すについて、被告等に故意のあつたことは、之を認めるに足りる証拠がないので、故意のあつたことは之を認めることが出来ない。尤も、過失のあつたことは、証人峰松増一、同杉崎二四郎の各証言及び被告城末太郎、同村田定男の各供述、並に甲第二、三号証の各一を綜合することによつて、之を認めることが出来る。

さうすると、被告等は、過失によつて、前記権利が、被告等にあるものの様に振舞つたものと認められるから、被告等の前記欺罔行為は、過失によるそれであると言はなければならない。

而して、前記事実によると、前記売買契約は、前記訴外人の所有に属する本件立木を、その目的としたものであることが明白であるから、それは、他人の物の売買であると言はざるを得ない。然るところ、他人の物の売買は適法且有効であつて、而も、買主が、その事実を知ると否とは、之を問はないのであるから、(何れの場合に於ても、売主は、之を買取つて、買主に移転する義務を負ふ)、売主には、その事実を、買主に知らしめる義務はないと言はなければならない。(尤も、之を知らしめて置けば、履行不能の場合に、売主に利益ではあるが)。従つてその事実を買主に知らしめず、その物が売主自身の所有であると称しても、(斯る場合は、履行不能の場合に、買主に利益である。)そのこと自体は義務違反とならず、従つて、その行為には、違法性がないと言はなければならない。このことは、売主が、故意に、それを為した場合に於ても言ひ得ることであるから、過失による場合に於ても、勿論、同様である。故に被告等の為した過失による前記欺罔行為は、違法性がないと言ひ得るから、被告等の右行為は、不法行為とはならない。

(尚被告等に、本件立木を、原告等に売却する意思がないに拘らず、その意思がある様に装つて、前記売買契約を締結したとか、前記立木を取得して、之を原告等に移転することが不可能であるに拘らず、之を秘して、右契約を締結したとか、或は、被告等に全然、債務を負担する意思がないのに、その意思がある様に装つて、右契約を締結したとか言ふ事実があれば、不法行為となること勿論であるけれども、(これ等の場合は、行為に違法性がある為である。而してこれ等の場合は契約は成立するが無効であると解せられる)原告等は、この様なことは、主張して居ないのであつて、原告等が、主張して居る唯一の点は、被告等に前記権利がないのに、ある様に装つて、右契約を締結したと言ふことにあるのであるから、前記の様な結論にならざるを得ないのである。)

故に、被告等の前記行為が、不法行為となることを前提とする主たる請求原因に基く、原告等の本訴請求は理由がない。

四、前記売買契約を締結するに際し、被告等に、前記の点に於て、欺罔行為があり、之によつて、原告等が前記の通り誤信し、右売買契約を締結するに至つたことは、前記の通りであるが、被告等の右欺罔行為に詐欺の故意のあつたことの認め得ないことは、前記の通りであり、又、その行為に、違法性のないことも亦前記の通りであるから、原告等の右契約締結に関する意思表示は、詐欺による意思表示であると言ふことは出来ないと言はなければならない。何となれば、詐欺による意思表示が成立する為めには、相手方に、欺罔行為があり、之によつて、表意者が、錯誤に陥り、その意思表示を為したと言ふだけでは足りないのであつて、その外に、更に、相手方に、詐欺の故意のあること、及びその欺罔行為に違法性のあることの二要件の存在することを必要とするところ、被告等の右行為は、右二要件を欠くこと右の通りであるからである。

故に、右契約に関する原告等の意思表示が、詐欺による意思表示であることを前提とする、予備的請求原因に基く、原告等の本訴請求も亦理由がない。

五、昭和二十八年九月中、前記売買契約が、原告等と被告等との合意によつて、解除された事実については、之を認めるに足りる証拠がない。

この点に関する被告城末太郎の供述は、後顕証拠に照し、措信し難く、他に右事実を認め得るに足りる証拠はない。

尤も、同月十日前後頃、右契約の合意解除について、原告等と被告等との間に於て、話合の為されたことのあることは右被告の供述(但し、前記措信し難い部分を除く)と原告田川藤三郎(第一、二回)、同坂田茂助(第一、二回)、被告村田定男の各供述とを綜合して、之を認め得るのであるが、右契約の解除について、その合意が成立したことは、之を認めるに足りる証拠がないので、(この点に関する被告城の供述の措信し得ないことは前記の通り)、結局、前記事実については、証拠がないことに帰着する。

従つて、右合意解除の事実は、之を認めるに由ないところである。故に、合意解除が為されたことを前提とする、第二次の予備的請求原因に基く、原告等の本請求も亦理由がない。

六、仍て、原告等の請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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